先ずは中国の故事である「竹頭木屑(ちくとうぼくせつ)」からの引用で、役に立ちそうにないものを保存しておいて、後で役に立てることのたとえです。それは「中国晋の陶侃(とうかん)が船を造るときできた竹の切れ端や木の屑という不要になったものをとっておき、木の屑は雪の降った時のぬかるみ防止に、竹の切れ端は竹釘にして、船の修理に役立てた」という故事からです。
私たちは仏像彫刻に励んでいますが、それがすぐに日々の生活には役にはたちません。でも目標に向かって努力する心がいつか有形、無形のご利益に繋がるものと信じています。
もう一つは、ある仏師の「木の中の御仏鑿(のみ)でお呼びする」の一句から、木にはどんな小さい木片でも、中に仏様がおいでになる。ノミ・彫刻刀を使って余分な所を取り除き、中においでになる仏様にお出まし頂くことが仏像彫刻であると教えています。仏様にお出まし願うため、日々余分なところを彫り木屑(きくず)を出しています。この木屑を出せばだすほど多くの仏様との出会いがあり、また木屑の量が多いほど技術向上にも繋がっていくものと信じています。
私たちはこのような願いを込め「木屑会」と名付けました。